いつからか誰かの記憶が見える。
本当にいつからか分からないが、記憶の中にある彼を追い求め歩いている。
彼のようになりたい。

蘇る記憶のうち自らが補強できる部分にだけ手を加え世に放つ。
我が物顔をする営みの繰り返しである。

彼らの中には晩年に大成した人間が多い。
傑作と呼ばれるものが死の三年前から始まる場合がある。
その神がかり的なタイミング、彼自身が予見していたのかもしれない。
いずれにせよ必然的に死は訪れる。
人々の祈りもじきに死に絶える。

それがどれほど悲しく美しいことか。
それが美しいと教えてくれたのも彼らである。

*

いつもの散歩道を歩いている。
ここは山である。山を少し下り、少し上る散歩道を生まれてからずっと往き来してきた。
春には桜が咲き秋には紅葉が見えるこの道には、今は雪しかない。針葉樹の緑が少し見えるのみである。足跡がないのを見ると、今日は誰もこの道を通っていない。
思い出す記憶の中では場所は関係ない。海にでも行ける。

*

あかるいうちに風呂をもらいに行く。海が光る。

線香は折れる音も立てない。

*

思うに彼らは死と生を繰り返している。
信じていた観念を否定しなければならない瞬間がどうしようもなく存在し、そのたびに変質する。
内側では大きなことが起こっている。
ああでもないこうでもない、こうであるはずだと。
時期が過ぎれば信じられなくなる信念もある。

彼らの手に負える範囲に死があれば、また蘇って人生を続けることができる。
しかし手に負えない場合はあっさりと死ぬ。

最晩年、手に負えなくなった死の前に傑作を生み出していたこと、このことを想うのである。

私もいつ死ぬかわからない。

*

道を少し歩くと、沢が見える。それには簡素な石の橋が渡されている。
この橋をわたってさらに歩くか、ここで引き返すか決めるのだが、今日は歩いてみようと思った。

橋を渡った先の木々から、野生の鹿が顔を覗かせた。目が合った。

*

蛙が蛙に飛び乗る。

イモリの冷ややかな赤さが翻る。

煙草の灰は吹けば飛んで行く。

一人の道が暮れてきた。

*

楽しい記憶があると思えばその次に悲しい記憶がある。
彼らの快には不幸せによる裏付けがある。
地獄を前提にしているからこそ、一瞬の慰安を自然の美しさに乗せるのである。
人生の地獄が約束されているからこそ、私には想像の世界が美しいと分かるのである。

私よりもはるかに優れている彼らだから、人生のうち幾度死に幾度蘇ったか分からない。
そのたびに絶望していたのだと思う。
それでもこだわり続けて、次第にどうしようもなくなっていく。
袋小路に迷い込んだ人間にしか出せない質のエネルギーがある。

*

散歩道をずっと遠くまで歩く。
彼もそのようなことを考えてしまうのだなと安心する。

*

朝がきれいで、鈴を振る。遍路を往く。

入れ物が無い両手で受ける。

*

彼らと同じことを考えれば近づける、彼らと同じ言葉を吐けば近づける。
道のない道を歩く。自分の足跡があるからおそらく帰ることはできるだろうとずんずん進む。
こういった散歩をしている間にも記憶は蘇ってくるのである。
彼が何を読んでいたのか、何を聞いていたのか、そういった記憶まで蘇る。
より根源的な記憶にたどり着く。
もう来るところまで来てしまっている。

そのうちに彼らの記憶か私の感情かも分からなくなってきた。
私は何を目指し、何になろうとしているのか。
何を言っても彼らの言葉である。
とてつもない不安が襲ってくるときもある。
私は。

人知れず轢き殺された自分が居はしないか。
……。

*

おそらく先ほど見失った鹿だろうか。
小鹿を連れているところに逢った。
またも目が合った。彼らについていこうと思った。

*

     

     

     

*

肉が痩せてくる、太い骨である。

春の山の後ろから、煙が。

*

だんだんと明確な死のイメージが混じってくる。

*

歩く。
春が去って夏が来る。
そのような景色に心を乗せることが無上の喜びである。
それだけは確か、なのか。

*

歩く。

*

歩く。
ひたすらに無音である。

*

     

     

     

*

ここは。
木に囲まれた空間が現れた。一面は雪である。
その真ん中に、丹塗りの剥げた鳥居が壊れかかっていて、その奥に蔵がある。
それよりも、蔵の前、扉の前に、花の咲いた木がある。
見たところ木は若いものではない。容易く折れてしまいそうだ。
今は冬である。
死ぬ前の狂い咲きだろうか。いや。

雪の上に落ちた花弁の輪郭が、陽の光によって消えかかっている。
全てが軽やかである。

……。
安心した。この世界にはまだ、美しいものが残っている。

扉に触れる。私は意を決した。